大分地方裁判所 昭和62年(ワ)168号 判決 1990年4月27日
主文
1 被告三輪道次郎と被告中西勝博との間の別紙物件目録記載の不動産にかかる別紙賃貸借目録1記載の賃貸借契約を解除する。
2 前項の判決の確定を条件として、被告中西勝博は原告に対し、別紙物件目録記載の不動産について経由された大分地方法務局別府出張所昭和六一年一一月二九日受付第一四四九一号賃借権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。
3 被告三輪道次郎と被告牡丹則行(被告訴訟承継人村上真之助承継)との間の別紙物件目録記載の不動産にかかる別紙賃貸借目録2記載の賃貸借契約を解除する。
4 前項の判決の確定を条件として、被告牡丹則行は原告に対し、別紙物件目録記載の不動産について経由された大分地方法務局別府出張所昭和六一年一二月二四日受付第一五八八号賃借権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。
5 第3項の判決の確定を条件として、被告訴訟承継人村上真之助は原告に対し、別紙物件目録記載の不動産を明渡せ。
6 原告の、第3項の判決確定を条件としない、被告牡丹則行に対する第4項の仮登記の抹消登記手続請求及び被告訴訟承継人村上真之助に対する第5項の不動産明渡請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告三輪道次郎(以下「被告三輪」という。)と被告中西勝博(以下「被告中西」という。)との間の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」と総称し、同目録1ないし6記載の土地を「本件土地」、7記載の建物を「本件建物」という。)にかかる別紙賃貸借目録1記載の賃貸借契約(以下「1の賃貸借契約」といい、被告中西の右契約に基づく賃借権を「1の賃借権」という。)を解除する。
2 前項の判決確定を条件として、被告中西は原告に対し、本件不動産につき経由された大分地方法務局別府出張所昭和六一年一一月二九日受付第一四四九一号賃借権設定仮登記(以下「1の仮登記」という。)の抹消登記手続きをせよ。
3 被告牡丹則行(以下「被告牡丹」という。)は原告に対し本件不動産について経由された大分地方法務局別府出張所昭和六一年一二月二四日受付第一五八八四号賃借権設定仮登記(以下「2の仮登記」という。)の抹消登記手続きをせよ。
4 被告訴訟承継人村上真之助(以下「被告村上」という。)は原告に対し、予備的に被告三輪に対し、本件不動産を明渡せ。
5 3、4項の請求が認められないときは、予備的に
(一) 被告三輪と被告牡丹(被告訴訟承継人村上真之助承継)との間の本件不動産にかかる別紙賃貸借目録2記載の賃貸借契約(以下「2の賃貸借契約」といい、右契約に基づく賃借権を「2の貸借権」という。)を解除する。
(二) 前号の判決確定を条件として、被告牡丹は原告に対し、2の仮登記の抹消登記手続きをせよ。
(三) 第一号の判決確定を条件として、被告村上は原告に対し、予備的に被告三輪に対し、本件不動産を明渡せ。
6 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の抵当権及び債権について
(一) 原告は、鋼材等の販売を業とする会社であるが、昭和六一年一月二七日、被告三輪との間で、原告と被告三輪との金銭消費貸借取引等に基づく原告の債権を担保するため、被告三輪所有にかかる本件不動産について極度額金三億九五〇〇万円とする根抵当権設定契約(以下「本件抵当権」という。)を締結し、右同日大分地方法務局別府出張所受付第七六二号をもってその旨根抵当権設定登記を経由した。
(二) 原告は、昭和六一年二月七日、被告三輪に対し、金三億九五〇〇万円を次の約定のもとに貸し渡した。
元本の弁済方法
昭和六二年八月から毎月一日限り金三九一万二九〇九円宛一八〇回の元利均等弁済とする。
利息の支払方法
利息は年八・六パーセントと定め、貸付日に昭和六一年二月末日までの分を前払いし、以後昭和六二年七月末日までは毎月一日に当月分を前払いし、同年八月一日以降は前号により元利均等弁済とする。
期限の利益喪失条項
被告三輪が元利金の支払を一回でも怠ったときは、原告から通知・催告がなくとも当然に期限の利益を失い、直ちに債務全額を支払わなければならない。
遅延損害金
前号の場合、被告三輪は原告に対し年一四パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
(三) 被告三輪は、昭和六一年一〇月分までの利息は支払ったが同年一一月一日に支払うべき同年一一月分の利息の支払を怠ったので期限の利益を失った。
(四) そこで、原告は、同年一二月、本件不動産について本件根抵当権に基づき、大分地方裁判所に対し不動産競売を申立て(昭和六一年ケ第四三四号事件)、同月一五日競売開始決定がなされ、同月一八日差押登記が経由された。
2 抵当権に基づく賃貸借解除請求等
(一) 被告中西は、本件抵当権設定後である昭和六一年一一月二七日、被告三輪との間で1の賃貸借契約を締結し、同月二九日、その旨の1の仮登記を経由した。
(二) また、被告牡丹は、本件抵当権設定後である昭和六一年一一月三〇日付けで、被告三輪との間で2の賃貸借契約を締結し、同年一二月二四日、その旨の2の仮登記を経由した。
(三) 1及び2の賃借権は、いずれも土地については期間五年、建物については期間三年とする民法三九五条所定の期間内のものではあるが、賃料は一か月一平方メートル当たり金一〇〇円、合計八万八五九二円と極めて低額で、本件不動産が別府市内観海寺温泉に近い六階建ての広大な新築のいわゆるラブホテルであって多額の収益を日夜揚げていることを考慮すると、著しく不合理、不自然な賃借権である。
また、1、2の賃貸借はいずれも譲渡転貸自由とされているなど所有者に著しく不利な内容となっている。
本件不動産の価額は、元々原告の被担保債権額にも達しないと思われるが、これに前記のような1、2の賃借権が設定されていれば、その価額は更に下落し、抵当権者である原告に損害を及ぼすことは明らかである。
(四) よって、原告は、抵当権者として被告中西及び被告訴訟承継人村上(以下単に「被告村上」という。)に対し民法三九五条但書の規定により、1、2の賃貸借の解除を求める。
また、前記賃貸借の解除を命ずる判決が確定した場合、本件1、2の仮登記はいずれも実体を欠くものとなるところ、右仮登記が存在することにより本件不動産の価額の下落を招き、原告の本件抵当権の実行に事実上障害となるものであるから、原告は被告中西及び被告牡丹に対し(被告牡丹に対しては後記3の本件根抵当権に基づく2の賃貸借の解除を前提としない請求に対する予備的請求として)、本件抵当権に基づく妨害排除請求として右賃借権設定仮登記の抹消登記手続を求める。
3 抵当権に基づく明渡し請求等
(一) 被告牡丹の2の賃貸借契約は、昭和六一年一一月三〇日に設定され、同日本件不動産が被告牡丹に引き渡されたことになっているが、2の仮登記は同年一二月二四日経由されており、原告の申立てによる不動産競売の差押登記に遅れている。また、同年一〇月七日、本件不動産について大分県別府県税事務所による差押登記が経由されており、いずれにしても被告牡丹の2の賃貸借は原告の抵当権に対抗することができない。
仮に、これが理由がないとしても、本件建物に対する2の賃借権は平成元年一一月三〇日期間満了により消滅した。本件建物はほとんど本件土地一杯に建っているので本件土地のみの賃貸借は意味がない。
よって、原告は、被告牡丹に対し2の仮登記の抹消登記手続を求める。
(二) 被告村上は、被告牡丹から2の賃借権を譲り受けて本件不動産を使用占有している。2の賃貸借が原告に対抗することができず、また、既に消滅したことは前記のとおりであるから、原告は、被告村上に対し、主位的には原告に対し、予備的には被告三輪に対し、本件不動産の明渡しを求める。
4 債権者代位権に基づく明渡し請求
(一) 被告三輪は本件不動産を所有しており、被告村上は、被告牡丹から2の賃借権を譲り受けて本件不動産を使用占有している。
(二) 原告は、前記のように本件不動産について抵当権を有している。
(三) 2の賃貸借の解除を命ずる判決が確定した場合、被告村上は本件不動産について占有権原を失い、被告村上の占有は不法占有となり、被告村上は被告三輪に対し本件不動産を明渡すべき義務を負う。
2の賃貸借は抵当権者を害する目的でなされた執行妨害的な賃貸借であるところ、被告村上の本件建物の占有は、前記競売における本件不動産の価額の低下を招くなど、原告の抵当権実行の障害となることは明らかである。
(四) よって、原告は、被告三輪の本件不動産の所有権に基づく明渡し請求権を、前記抵当権または抵当権に基づく妨害排除請求権により代位行使し、被告村上に対し、主位的には原告に対し、予備的には被告三輪に対し、本件不動産の明渡しを求める。
二 請求原因に対する認否
(被告牡丹)
1 請求原因1の(四)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。
2 同2の(一)の事実は知らない。同(二)の事実は認める。同(三)、(四)は否認もしくは争う。仮に、一か月の賃料が低額であっても、契約開始時にまとまった金銭を支払っているので、賃料総額としては適正であって、民法三九五条の但書には該当しない。
3 同3の(一)、(二)の主張は争う。
4 同4の(一)の事実は認める。同(二)は不知。(三)は争う。
(被告村上)
1 請求原因1の(四)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。
2 同2の(一)、(二)の事実は認める。
同(三)、(四)は争う。
3 同3の(一)の事実のうち、2の賃借権の設定は認めるが、その余は争う。同(二)の事実のうち被告村上が被告牡丹から2の賃借権を譲り受け、本件不動産を占有していることは認めるが、その余は争う。
4 同4の(一)の事実は認める。同(二)は不知。(三)は争う。
第三 <省略>
理由
一 原告の抵当権及び債権について
<証拠>によれば、請求原因1項の(一)ないし(四)の事実(但し、原告は被告三輪に対して数回に分けて昭和六一年二月七日までに合計金三億九五〇〇万円を貸し渡した。)が認められ(請求原因1の(四)の事実は、原告と被告牡丹及び被告村上との間では争いがない。)、右認定に反する証拠はない。
二 被告らの賃貸借について
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
1 本件建物は、鉄筋コンクリート鉄骨造陸屋根六階建で昭和六一年八月に全面増改築された延面積一八三二・九七平方メートルのホテルであり、その客室数は二〇室を超えており、本件土地はその大部分が本件建物の敷地として利用されている。
2 被告三輪は、本件建物において「ホテルラーク」の商号で旅館業を営んでいたが、原告に対する債務の弁済が遅滞するようになった昭和六一年一一月二七日頃、被告中西との間で本件不動産について1の賃貸借契約を締結し、同月二九日、その旨1の仮登記が経由された。
3 さらに、被告三輪は、同年一二月一九日頃、被告牡丹との間で「商号と共にする営業譲渡契約書」にもとづいて本件不動産における旅館営業及び商号を代金八五〇〇万円で譲渡する旨の契約を締結し、右契約に基づいて両被告の間で本件不動産について2の賃貸借契約が締結され、同月二四日、その旨2の仮登記が経由された。
4 被告村上は、昭和六二年五月二日ころ、被告牡丹から本件不動産の賃借権を譲り受けてその占有を開始し、本件建物において「ホテル南風」という商号を使用して旅館業を営んでいる(被告村上が被告牡丹から本件不動産の賃借権を譲り受け、本件不動産を占有していることは原告と被告村上との間では争いがない。)。
5 原告が申立てた本件不動産の競売事件の評価人長嶋敏行の評価によれば、本件不動産の価額は、1、2の賃借権が解除された場合は合計一億一四五七万五〇〇〇円であるが、右賃借権が存続する場合は一億三四七万三〇〇〇円に減価する。
なお、2の仮登記によれば、2の賃借権の設定日は昭和六一年一一月三〇日とされ、被告牡丹も本人尋問においてその旨供述するが、<証拠>によれば2の賃貸借契約の前提となる「商号と共にする営業譲渡契約書」に付された公証人平和人の確定日付は昭和六一年一二月一九日であり(右契約書の日付は同年八月二〇日であって、これは被告牡丹の本人尋問の結果とも異なり、実際の契約の日を示しているとは到底考えられない。)、2の仮登記は同年一二月二四日に経由されていることを考慮すると、2の賃貸借契約は同月一九日頃に締結されたものと認めるのが相当である。
三 1の賃貸借の解除請求等について
被告中西の1の賃貸借は、保証金の金額が八五〇〇万円と高額なのに対し、賃料は一月一平方メートル当たり金一〇〇円(<証拠>によれば、本件土地の総面積は八八五・九二平方メートルであることが認められ、前示の本件建物の延面積一八三二・九七平方メートルと併せ二七一八・八九平方メートルであるから、賃料は一月二七万一八八九円となる。)と、営業中の六階建のホテルの賃料としては著しく低額であり、転貸、譲渡することができるとされているなど賃貸人に著しく不利な内容となっているほか、本件土地は大部分本件建物の敷地として利用され本件土地のみの賃借は経済的に価値がないと考えられるのに、本件建物とは別個に本件土地について賃貸借の期間が民法三九五条所定の短期賃借権の限度である五年と定められるなど、不自然、不合理な賃貸借であり、原告による競売申立の直前に契約が締結されていること、被告牡丹の本人尋問の結果によれば被告中西は2の賃貸借に関与していることが認められ、また、被告中西が本件不動産を利用して営業をしたと認めるに足りる証拠のないことを考慮すると、1の賃貸借は、民法三九五条によって保護されるべき正常な短期賃貸借とは到底認めることはできず、債権者である原告を害する目的でなされたものと推認するのが相当である。
本件不動産の価額は1の賃借権の設定による減価を考慮に入れなくても一億一四五七万五〇〇〇円であり、原告の債権元本三億九五〇〇万円を大幅に下回るものであるうえ、1の賃借権の存在によって本件不動産の価額は低減することは前示のとおりでありまた、賃借権の譲渡又は転貸ができるとの特約を伴うものであるから、1の賃貸借は根抵当権者である原告に損害を及ぼすものと認めるのが相当である。
したがって、原告の1の賃貸借の解除請求及び右解除が確定したことを条件とする1の仮登記の抹消請求は理由がある。
四 根抵当権に基づく明渡し請求等について
2の賃借権は、本件不動産に対する競売開始による差押登記が経由された後に設定されたものであり、2の仮登記は右差押登記に遅れることは前示のとおりであるから、いずれも差押債権者である原告に対抗することはできない。なお、本件建物に対する2の賃借権は既に三年の期間が経過しているが、所有者である被告三輪との関係では借家法二条により法定更新しており、ただ、これをもって抵当権者に対抗することができないというにすぎない。
原告は、右を根拠として抵当権による妨害排除請求権により被告牡丹に対して2の仮登記の抹消を、同村上に対して本件不動産の明渡しを求めている。
2の賃借権が差押債権者に対抗することができないということは、要するに抵当権の実行によって本件不動産が売却された場合2の賃借権は買受人に対抗することができない結果、買受人は2の賃借権の負担を負うことはないということに帰着するのであり抵当権がその目的物の使用収益権を設定者のもとに留保しながらその交換価値を優先的に把握するという特質を持つ担保権であること、民法三九五条の法意、不動産引渡命令の制度の存在を考慮すると、原告の根抵当権の実行による売却前に原告の根抵当権に基づいて2の賃借権を否定し、被告村上に対し本件不動産の明渡しを、被告牡丹に対して2の仮登記の抹消を求めることは許されないといわざるをえない。
したがって、原告の根抵当権に基づく本件不動産の明渡し請求等は理由がない。
五 2の賃貸借の解除請求等について
被告牡丹の2の賃貸借もその内容の不自然不合理なことは1の賃貸借と同様であり、しかも、1の賃貸借の二〇日余の後の原告による本件不動産の競売申立及び差押登記が経由された後に設定されたこと、<証拠>によれば、2の賃貸借の前提となっている「商号と共にする営業譲渡契約書」は作成日付を昭和六一年八月二〇日と四か月も遡らせていることが認められること等を考慮すると、2の賃貸借は民法三九五条によって保護されるべき正常な短期賃貸借と認めることはできず、抵当権者を害する目的で設定された濫用的な賃貸借と推認するのが相当である。そして、被告村上は、被告牡丹から2の賃借権を譲り受け、本件不動産において旅館業を営んでいるが、これは、被告三輪(被告牡丹)の営業を引き継いだものとみられるところ、<証拠>によれば、被告村上は被告牡丹に一億二〇〇〇万円を支払って本件不動産の賃借権を含む旅館営業を譲り受けたとされているが、既に競売が開始され、差押登記が経由されている本件不動産の賃借権及び営業権(被告三輪が原告に対する債務の支払いを遅滞するようになったことからみても本件不動産による旅館営業が盛業中であるとは到底考えられない。)を一億二〇〇〇万円もの多額の金銭を支払って譲り受けるのも不自然というほかない。2の賃貸借が債権者を害する目的でなされたものと認められることは前示のとおりであるが、被告村上による2の賃借権の譲受も正常な取引とみることはできず、債権者である原告の根抵当権の実行を妨害し、債権者を害する目的でなされたものであると推認することができ、被告村上による本件不動産の占有自体も債権者を害するものというべきである。
本件不動産の価額は2の賃借権の設定による減価を考慮に入れなくても一億一四五七万五〇〇〇円であり、原告の債権元本三億九五〇〇万円を下回るものであるうえ、2の賃借権の存在によって本件不動産の価額は低減することは前示のとおりであり、また賃借権の譲渡又は転貸ができるとの特約を伴うものであるから、2の賃貸借は抵当権者である原告に損害を及ぼすものと認めるのが相当である。
したがって、原告の2の賃貸借の解除請求及び右解除が確定したことを条件とする2の仮登記の抹消請求は理由がある。
六 債権者代位権に基づく明渡し請求について
<証拠>によれば、本件不動産は被告三輪の所有するものと認められる(右事実は原告と被告村上との間では争いがない。)。
2の賃貸借の解除判決が確定した場合、被告村上は本件不動産に対する占有権原を失い、その占有は不法占有となるから、本件不動産の所有者である被告三輪は被告村上に対し所有権に基づいて明渡しを求めることができる。
ところで、抵当権者は目的物の交換価値を優先的に支配することによって債務者に対する被担保債権の保全を図るものであるところ、第三者が目的物を不法占有にすることにより、抵当権の実行による目的物の換価に支障を生じたり、目的物の価額の低下により、被担保債権の満足を得ることができない場合には、抵当権者ではあっても債権者代位の方法によって、被担保債権を保全する必要がある。
本件不動産の価額は一億一四五七万五〇〇〇円であり、原告の被告三輪に対する被担保債権(債権元本三億九五〇〇万円)の満足を得ることは困難であることは明らかであり、弁論の全趣旨によれば被告三輪には本件不動産以外にみるべき財産はなく、2の賃貸借の解除の判決が確定しても被告村上が直ちに本件不動産の明渡しに応ずるとは認められないから、原告は、被告三輪に対する被担保債権を保全するため所有者である被告三輪に代位して、被告村上に対し、2の賃貸借の解除判決の確定を条件として、予め本件不動産を明渡すよう求めることができるものと解するのが相当である(原告は債権者代位権の被保全債権として根抵当権に基づく妨害排除請求権を掲げているが、被保全債権として根抵当権の被担保債権も主張しているとみられる。)。
2の賃貸借は債権者を害する目的でなされたものであり、被告三輪において本件不動産の明渡しの執行に協力するとは認められず、被告村上に対し本件不動産を所有者である被告三輪に対して明渡すべき旨を命ずるのでは実効がないから、原告は被告村上に対し、本件不動産を直接自己に対して明渡すよう求めることができるものと解するのが相当である。
七 結論
よって、原告の被告らに対する本訴請求(主位的請求)は、被告牡丹及び同村上に対する本件不動産の抵当権に基づく部分は理由がないからこれを棄却するが、その余は理由があるからこれを認容し、また、原告の被告牡丹及び同村上に対する予備的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但書、九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 林醇)